2007-04-10 23:37 :
諸葛孔明ってそんなにダメな人物だったの?

404 Blog Not Found にて、蒼天航路の書評が載っていました。おおむね賛成なのですが、いくつか気になったところについて、私の意見を書いてみます。
404 Blog Not Found:書評 - 蒼天航路より
ある意味、諸葛亮というのは、個人としてそこそこの能力がある人物が、国家に大していかに有害な存在になりうるかを示した存在とも言える。彼が無理な北征を重ねなければ、蜀の寿命はずっと長かっただろう。彼に馬謖を切る資格があったとは思えない。そもそも北征を企画した時点で彼は誤っているのだから。
私は「北伐はそんなに悪い選択肢だったのか?」と考えています。確かに、蜀を長続きさせるためには北伐は下策かもしれませんが、それは「蜀という国を長続きさせることに価値があるのかどうか」という問題を解かなくてはなりません。
蒼天航路でも触れられていますが、後漢末期~三国鼎立という時代は激しく人口が減少した時代でした。蒼天航路の中で諸葛孔明は、曹操が生を受けてから中国の人口は減少の一途をたどっていることを指摘しています。良くも悪くも曹操が大きな人物であったことは間違いありません。曹操はその時代そのものであるという評価を下すと同時に、その時代の本質とは何かを指し示した的確な評価だと思います。ただ、この時代の価値を、人間の命で測るのであれば、あまり良い時代であったとは言えません。
三国鼎立以降、三国が並び立ったまま人口は回復を始めるようです。そういう意味では、魏・呉・蜀の治世にはそれぞれそれなりの価値があったと考えられます。
以下のような記述もあります。
切込隊長BLOG(ブログ): 「好きな三国志の武将を三人選べ」と言われたらより
つまり、三国志通が選ぶ最強の武将は匈奴の大首長劉淵。こいつ。せっかく統一した晋がこの男のおかげで五胡十六国時代となって三国志が台無し。
歴史上、中国は強力な外敵を多く抱えていました。蜀の国力を温存して、外敵が引き起こした混乱に乗じて中国統一を目指すという選択肢は、蜀単独の利益を考えればありえるものだったかもしれません。しかし、それは乱世の復活であり、後漢末期の大規模な人口減少を再度引き起こす引き金になったかもしれません。外敵に対するには漢のような強力な統一国家が必要という考え方もできます。(内戦に外国の力を引き入れるのは愚策ですね。)
つまり、北伐という選択肢は、成否に関わらず三国の統一を促すものであり、蜀という国を存続させることで中国を疲弊させることよりも、良い選択肢であった・・・というよりは、為政者の責務ではなかったかという気がします。さて、諸葛孔明の前出師表にはそんなことは一言も書かれていません。何せ、主君にあてられた文章ですから、そこは TPO というものです。南中平定(※)などを見るとおり、蜀が国家としての責務を見失っていたとは考えられません。
※ 横山三国志などに出てくる南蛮征伐のような派手なものではありません。しかし、中国においては辺境の安定は国家の義務です。魏・呉・蜀ともに、辺境の安定という国家の責務をしっかり果たしていたということは忘れてはなりません。
つまり、北伐は成否に関わらず有益なものだったと。
もっとも、北伐の戦略目標は長安ですから、蜀が長安を得た時点で再びこう着状態に入り、乱世が長引く可能性もあります。治世の良否という観点では三国時代には一定の評価が下せるとしても、微妙かもしれません。
切込隊長BLOG(ブログ): 「好きな三国志の武将を三人選べ」と言われたらより
一方、せっかくの清廉な仕組みを縁故時代に逆戻りさせた司馬懿は死ね。
まったく同意。魏という国がしっかりしていれば、その後の歴史の流れも相当違うものだったろうに。
Posted by あかさた(編集)
2007-01-20 22:25 :
三国志で最強の武将を選ぶとすると?

mixi 内で「三国志時代の最強の五虎将はだれだ!?」というトピックがありました。趙雲、張遼あたりが人気のようです。まあ、使いやすそうですからね。
光栄のゲームでは、武将間に武力の違いを持たせているので、武将同士を一騎打ちさせるとある程度は強さの差が出ます。しかし、小説などを読むと、最強クラスの武将間に力があるようには見えません。劉備、関羽、張飛と互角に戦った呂布も、張飛や関羽との一騎打ちで互角だったりします。つまり、一騎打ちの強さでは、関羽、張飛、趙雲、呂布、許緒、張遼、典韋、甘寧、大史慈といったランクの武将はそれぞれ同等と見るべきでしょう。
※ ここでは、三国志演義をベースに話をしています。
それでも、三国志では武将の優劣を明らかにつけています。結論を言うと、関羽か趙雲あたりが最強でしょう。
理由を一言で言うと「見せ場のあるなし」です。残念ながら、呂布と張飛はこれといった見せ場がないんですよ。張飛は長坂橋がありますが、孔明が絡んでしまう(曹操は孔明に警戒したように見える)ので。関羽は千里行、趙雲は長坂坡です。凄まじさでいうと、趙雲の方がやや勝っているかなという気がします。正史を見る限りでは、趙雲はそれほどの武将とも思われないので、演義のひいきだと思いますが・・・。
とはいえ、このページを見る限り、やはり最強は張飛じゃ・・・とか思います。何せ、孔明に知恵比べで勝ってますからね。(^^;
Posted by あかさた(編集)
2007-01-18 02:22 :
「 ローマは気候変動で滅びたか?」を読んだ

「ローマは気候変動で滅びたか?」を読みました。私はまだ読んでいませんが、塩野七生さんのローマ人の物語の最終巻が出たことに関する考察が、他のブログで出てきたので、弾さんがそれに反応して書かれているようです。
経緯を簡単にまとめてみましょう。
以下のブログ(raurublock さん)で、「塩野七生の悪いところは「キャラ萌え」の癖があるところです。」と書かれた。
http://d.hatena.ne.jp/raurublock/20070115/1168788415
弾さんは以下のように反応しています。
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50740929.html
弾さんのブログを受けて、以下のブログでは「国家萌え」というなかなか面白い表現を使っています。ある意味、塩野さんの作品の性質を一番よく表している気がします。
http://blog.goo.ne.jp/evergreen_1978/e/af60af09d4d41cd47f14a67c69297b1c
そもそも、塩野さんがキャラ萌えになっておかしくなるのは、ユリウス・カエサルを取り扱うときぐらいで、ローマ人の物語や海の都の物語は、割と個人に依らない書き方をしているように思います。とはいえ、raurublock さんの書かれているような視点(環境要因を重視する姿勢)はすごく大切です。最近は、歴史関係は理系と融合することで面白い成果がどんどん出ています。小説にも取り入れていってほしいものです。(もっとも、小説に専門家のような広くて深い分析を期待するのも難しいし、面白くはないとは思いますが。)
どうもローマが滅びた理由というのは、複合的なものが絡んでいて、とてもですが私には説明することができません。この議論で出てきたローマが滅びた要因を以下にまとめてみます。(実際には要因は数え切れないほどあるのでしょう。貧富の差の拡大とか、傭兵制度とか、ローマ市民権の取り扱いとか。)
1. ローマのキリスト教化(by 弾さん)
2. 森林伐採(by 弾さん。でも、最大要因とはみなしていない・・・?)
3. 寒冷化(by raurublock さん)
(1) は、良いときのローマ人(※)であればローマは継続したという考え方になるでしょうか。それとも、他にもっとよい選択肢があり得たということでしょうか。仮に前者だとすると、塩野さんの海の都の物語を読むと感じるのですが、仮にローマ人がローマ人であり続けても永続的には維持できないのが国家というものだと感じます。
(2) とか (3) は、国家の疲弊には影響しますが、国家を滅亡に導くには人の手が必要です。もっとも、本当に環境変化で滅びてしまった国家もあるようですが、ローマのケースは当てはまらないでしょう。でも、国家の疲弊(制度疲弊など)はある意味、国家の滅亡の本質的な要因という気がします。もしかして、(1) もそういう流れで解釈するのかな・・・?
※ スキピオ・アフリカヌスのいた時代でしょうか。それともカエサルの時代でしょうか。ローマが一番よかった時代というのはいつだったんでしょうね・・・?
うーむ、早く最終巻を読まねば。
Posted by あかさた(編集)
2007-01-13 18:54 :
もしかして、周瑜ってあまり認められていない???

mixi の三国志コミュニティで、「最強・最人気コンビ」というトピックが上がっていました。要は、三国志でお気に入りのコンビは何?という質問ですね。
いろいろな回答が出ていましたが、孫策・周瑜というコンビが出たときに、「周瑜って強いの?」という質問が出ていました。うーん、一騎打ちならともかく、軍を率いては三国志最強の武将のはずなんだけどな~・・・。
まぁ、周瑜の能力が疑問視されるのも無理はありません。三国志と一言で言っても、演義と正史のどちらに依って話すかで変わってきますから。周瑜最大の見せ場である赤壁の戦いは、演義では彼の能力というよりも、諸葛孔明の能力で曹操に勝ったように描かれています。
そこで、周瑜の凄さについて語ってみます。
■ ところで、周瑜って誰?
三国志における呉の軍師で、(孫堅)、孫策、孫権に仕えた人物。美男だったらしい。
■ 王佐の才(from 蒼天航路)
呉は、国主が非業の死を遂げることが多くありました。主要な国主である、孫堅、孫策、孫権のうち、天寿を全うしたのは孫権だけなのです。
孫堅が死んだときは、呉の国(当時は呉とは呼ばれていなかったので孫一党とでも呼ぶべきか?)は滅びてしまいます。国の地盤が固まっていなかった(というか実質なかった)こともありますが、孫策が幼く、それを補佐する人物がいなかったためでしょう。
孫策が死ぬと、呉はまだ幼い孫権に引き継がれます。乱世ですから、そのまま国が滅びてもおかしくはないのですが、呉はそのまま存続します。国の地盤がある程度出来上がっていたこともありますが、周瑜、張昭、張紘といった主を補佐する人材の力が大きかったのだと思います。
■ 曹操と周瑜
周瑜といえば、赤壁の戦いでしょう。戦力比は 3 倍から 10 倍とさまざまな説がありますが、圧倒的な大軍を率いる曹操を、周瑜はほとんど単独で打ち破ってしまうのです。演義であれば、孔明が大活躍しますが。
赤壁の戦いに勝利したことで、周瑜は呉の領土を大幅に広げ、三国鼎立の礎を築きます。
演義のおかげで、曹操が過小評価されてしまうのですが、まず曹操は天才的な武将(というか武将の枠に収まらない人物)で、他に歴史上に例を求めるとすれば、カエサルとか信長とかを思い浮かべるべき人物です。曹操と敵対したものは、基本的に滅びています。それくらい強いのです。その曹操と互角以上の戦いを繰り広げた周瑜というのは実は凄い武将なのです。
もっとも、周瑜は天下三分ではなく天下二分を狙っていたようです。しかも、それは実現可能なところまでいったのですが、周瑜が病死(35、6 じゃなかったかな)してしまい、彼の戦略は幻のものとなってしまいます。天下二分の計が実現していたら、迅速に戦乱が終わり、平和が訪れていた可能性も高かったと思います。
■ 孫策・周瑜コンビは?
確かにこのコンビだと、周瑜はあまり目立たないんですよね。(--; 孫策が凄すぎる(※)ことと、多分、周瑜の才能が発揮されたのは、孫策の死後だからなのでしょう。それでも、30 代半ばにして、呉軍の頂点にいたわけで、並みの才能ではありません。
※ 孫策は、楚漢戦争における最強の武将覇王項羽にちなんで、小覇王と呼ばれるほどの武将だったらしい。項羽は呂布みたいなものです。
■ 補足
演義ってなに? 正史ってなに? という人のために、軽く解説しておきます。三国志演義とは、中国と民間伝承(講談)などを集めてきて、羅貫中がまとめたもの・・・ということになっています。実在する人物かどうかも良くわからないので、演義は民間伝承を集めて歴史とくっつけた小説くらいの理解で良いでしょう。三国志正史は、陳寿という人がまとめた歴史書です。こちらのほうが史実に近いと思われますが、勝者の歴史(魏主体)であることと、陳寿は蜀の人物である(蜀に対するシンパシーが若干感じられます)ことの二点を考慮する必要があります。
■ まとめ
というわけで、周瑜って結構凄い武将なんですよ。最近は、周瑜を評価した書籍や漫画もおおいので、過小評価している人って減ってきていると思いますけど。
Posted by あかさた(編集)

2007-01-18 18:26 : まーちゃん
なるほどー、そういう説もあったのかー!
塩野さんの本は読んだことがないからわからないんだけど、「キャラ萌え」って・・・笑
ローマのように力のある国は、やはり複合的なものが絡んでのことなんでしょうね。
日本は大丈夫かしら・・・
2007-01-18 19:48 : あかさた
>ローマのように力のある国は、
>
どんな国でも同じだと思いますけどね~。
>日本は大丈夫かしら・・・
>
((((;゚Д゚)))ガクガクブルブル
2007-02-06 16:40 : TRIPLE
ブログへのリンクありがとうございます
塩野さんは歴史を通じて"人間性とは何か?"ということを書きたいのかもしれません。
"人間性"に主眼を置いているので、歴史上の人物とともに国家の制度やインフラを書かないと片手落ちだと考えているのでしょう。
国家の制度やインフラというのは所詮"人間が作りだしたもの"にすぎないのですから。
まぁ、塩野さんに"科学的"な考察を求めるのは要求しすぎだという気もしますが(笑)
さて、ローマ滅亡の原因ですが私はローマ帝国末期のインフレに興味を持っています。
インフレが起こったということは人々の欲望>生産力という状況が起こっていると推察されます。
で、この不均衡を是正するためには人々の欲望を抑え、生産力を上げなければなりません。
で、私が思うに生産力を上げるというのはなかなか難しい。
いみじくもマルクスやマックス・ウェバーもいっているとおり、奴隷の供給が少なくなったことで生産力を劇的に上げることは難しくなっていたと思います。
気候の変動は生産力の拡大にマイナスの影響を与えたのは確かでしょう。
で、時のローマ皇帝が取った政策が禁欲的なキリスト教を導入することで人々の欲望を抑えようとしたのでしょう。
ですが、ローマ皇帝の意に反してキリスト教は毒が強すぎて結局は帝国を滅ぼすことになったと(笑)
以上が、私の仮説(妄想ともいう)です。
ローマ滅亡原因の議論とその結論は、時代によって変わるもので、その時代の雰囲気を表しているのかもしれませんね。
2007-02-06 21:44 : あかさた
コメントありがとうございます。
塩野さんのローマ人の物語を読むと、法律に関する説明とインフラに関する説明が多いことに驚きますね。通常の歴史小説では考えられないですから。塩野さんの主題については賛成です。人間の集合体としての歴史ということですよね。
>まぁ、塩野さんに"科学的"な考察を求めるのは要求しすぎだという気もしますが(笑)
>
小説で科学的な要因を含めて商業的に成り立つかどうかという問題もありそうですね。(笑)
インフレ、生産力の低下、キリスト教の導入、ローマ帝国の崩壊という説明はわかりやすいですね。ローマにとってキリスト教はメリットがあるからこそ導入されたわけで、そのメリットが何かを説明することは重要だと思います。ローマのキリスト教化の理由を探ることは、ローマ帝国崩壊の理由を解き明かす鍵なのかも。
キリスト教は人材供給機関としては機能していなかったのでしょうかね。私の主観ですが、ローマ帝国後期は、為政者の人材が小粒なんですよね。キリスト教から人材の流入を期待していた面もあるのかも・・・なんて勝手に考えています。
>ローマ滅亡原因の議論とその結論は、時代によって変わるもので、その時代の雰囲気を表しているのかもしれませんね。
>
もしそうだとすると、気候変動で滅びたなんていうと、今の世の中の関心は環境問題ってことですかね。(笑)
・・・意外とあたってるかも。。。